最近の国語力について

学校

とある私立学校で国語の教員をしています。勤務先は都内や首都圏ではありませんが、その地域では高偏差値帯に位置する学校です。高偏差値帯の子供たちはどのような生活をしているのか・参考書は?塾は?など知っている情報をお話するつもりです。また、先生ってどんな生活しているの?という部分も書き連ねたいと思います(独身貴族)。



入試から見えてきた「国語力の今」

先日、入学試験が終わりました。国語の教員として、問題作成にも採点にも携わっているのですが、毎年この時期に興味深い現象を目の当たりにしています。本校は中学校入試も高校入試も実施しているため、小学校6年生の国語力と中学校3年生の国語力を、毎年ほぼ同じ時期に比較することができるんですね。どちらの入試も1000人以上が受験する規模です。

中学受験生の「鍛えられた力」

まず目につくのは、中学受験生が非常に鍛えられているということです。裏を返すと、高校入試を受ける中学3年生たちの国語力は、正直なところどんどん低下しているんですよね。

その背景の一つには、全国的に高校入試がマークシート化している現状があります。私立学校だけでなく、公立学校でもマークシート式の試験に変わってきているんです。

「読書量神話」の誤解

国語力の低下は、ずっと以前から指摘されてきました。読書経験が少ない、本を読まないといった理由がよく挙げられますよね。でも正直に言うと、本を読んだ冊数が多いからといって国語力が高いとは限らないんです。

読書経験が国語力向上につながるのは、きちんと意識を持って——少し強い表現かもしれませんが——意図を汲み取りながら読むとか、「この表現は面白いな」と感じながら読むといった、鍛えられるような形での読書をした場合に限られます。

そもそも読書は娯楽ですよね。娯楽について力をつけようと思って読む人なんて、昔からほとんどいなかったはずです。読書は楽しみの一つ、趣味の一つだったのですから。

学問の素養が紡ぐ言葉の力

ただ、古典などを学んでいても感じることなのですが、学問の素養はその人にとって確実に力になるんですよね。だからこそ昔の人々は一生懸命勉強していたわけです。文学を読むだけでなく、文学を書くという行為においても、やはり知識がなければ成立しません。学問的な素養がなければ、深い作品は書けないんですよね。

本を読んでいる時に「なぜこんな言葉を使っているのだろうか」「なぜこんなことを考えたのだろうか」と問いかける姿勢が必要なんです。いわゆるライトノベル系の、何も考えなくても頭に入ってくるような類のものではなく、心を揺さぶるような小説や文学を読んで初めて、記述問題に対応できる力が身につきます。

実際のところ、記述問題が全然書けない生徒が多いんです。読書経験のなさは語彙力の低下にもつながっていますし、日常生活でもスマートフォンが当たり前になって、動画など受け身で消費できるコンテンツに慣れてしまっていますよね。こちらから情報を取りに行くという姿勢が、まったくできていないなと感じています。「表現力」というのはずっと教育現場における重要ポイントだったのですが、プレゼンテーション=表現力という構図がいつの間にか出来上がってしまいました。

マークシート化がもたらすもの

マークシート化によって、選択肢の記号の中から選べばよいという状況が生まれました。引っかけ問題に惑わされないという意味では、確かにそういう力は測れるんです。今はさまざまな詐欺が流行しているから、「ああ、そうだな。これはいい感じかも」と思って引っかかってしまうことから逃れるという点では有効なのかもしれません。

でも、自分で言葉を紡いで自分で表現するという力は、どんどん弱くなっていってしまっているんですよね。これが正直な実感です。

AI時代における人間の価値

iPadの利活用が進んで、今やAIが発達して、PowerPointのスライドもAIが作ってしまう時代になりました。かっこいい、おしゃれなスライドは誰でも作れてしまいます。だからこそ、人間がどういうところで自分の価値を出していくのかが問われる時代だなと思うんです。

その人の雰囲気や紡ぎ出す言葉——そういったところで、より評価が分かれるのではないでしょうか。

中学受験と高校受験の違い

中学受験に関しては、やはりまだ受験にお金がかかりますよね。塾に投資して教育するという意識があるご家庭が多いので、往々にして受験生たちはしっかり読めていますし、難しい文章でもきちんと頑張って読もうという姿勢が見えます。記述問題にしても、頑張って書こうという努力が伝わってくるんです。

ただ、この時代の効率性重視の風潮や、失敗させたくないという親御さんの気持ちもよく分かるのですが、最短距離を突っ走って「国語はこうやって解くもの」というテクニックに走る回答が見受けられます。キーワードを引っこ抜いてくっつければOKといった、ちょっと雑な印象を受ける回答が、特に一定層の受験生に見られるのは事実です。

入学後に大切にしたいこと

だからこそ、入学後もしっかりと書くこと、読むこと——まずここからなんですよね。話すこと、聞くことという表現の部分ももちろん大事なのは分かるのですが、まずは読み書きのところをもう一度しっかりと力をつけていくことが重要だと私は考えています。

私の授業はメリハリをつけています。iPadを使う部分もあるのですが、昔ながらのチョーク&トークという授業も評価されるべきですし、まだまだ問われる力だと思うんです。どちらか一方しかやらないということはせず、どちらもやることを心がけて授業を展開しています。

保護者の方へのメッセージ

このブログを読んでくださる保護者の方に、ぜひお伝えしたいことがあります。読書は、やはり小さい頃からやっていくべきことなんです。正直、数値化できない部分なので、タイパ・コスパが悪いという気持ちも分からなくはないんですけれど、本に触れるということは大事にしてほしいなと思います。

読書以外でも国語力は身につくのではないかと言われれば、実はその面はあるんですよね。インターネットの情報を見ていても、特に評論系、説明文系の力は十分養われると思います。ご家庭でニュースや世の中で話題になっていることについて、「なぜだと思う?」と問いかけをするのは、良い形ではないかなと考えています。

ネット情報との付き合い方

ただはっきり申し上げると、例えばYahoo!ニュースなんかを見ていると、めちゃくちゃ誤字脱字があるんですよね。「これ、プロが書いていないだろう」と正直思うものもあります。記事は本来プロが書くものだったはずなのに、誰でも発信できる今のSNS時代——良い面も悪い面もあるんですけれど、やはり稚拙な文章だなと感じることがあります。そういうところは少し注意した方がいいかなと思います。

例えば「このニュース、言葉遣いがおかしくない?」とか「表現が幼稚だよね」といった話をお子さんとするのが、良い勉強になるのではないでしょうか。


ということで、今日は国語科らしい話をしてみました。入試を通じて見えてきた現代の子どもたちの国語力、そしてこれから求められる力について、教壇に立つ者として感じていることを率直に綴ってみました。読み書きの力は、一朝一夕には身につきません。だからこそ、日々の積み重ねを大切にしてほしいなと願っています。

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